学寮精神

写真 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢いものとうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。
(新約聖書「ローマの信徒への手紙」 12 章 9 − 17 節)


公益財団法人 春風学寮について

写真 公益財団法人・春風学寮は1929(昭和4)年、明治、大正、昭和期のキリスト教指導者、内村鑑三、塚本虎二の流れをくむキリスト教(無教会)精神を土台に、「神を畏れ、学を励み、自治協同の精神を養い、併せて寮生相互に愛と信頼を厚くする」ことを目的として設立され、非事業的、非営利的経営により今日まで運営されている男子学生寮です。創設者の道正安治郎氏は若き日における1912年からの6年間におよぶアメリカ留学中に、YMCAの学寮(フラタニティー)の指導者ストウジ博士と出会いました。その学寮において学生たちが自由と自治の精神のもと健気あふれる楽しい有意義な共同生活をおくっていることに感銘し、いつしかこのような学問と人生の学びを骨子とする学寮を日本にも建てたいという希望をもって帰国しました。そしてその時機(カイロス)が到来し、1929年に満鉄を辞して多賀夫人の協力のもとに、私財を投入し、満鉄の援助を受け、東京世田谷に春風学寮を創設いたしました。設計者は近江兄弟社のボーリス博士でした。春風学寮は、とくに創設期には旧満州に居住する満鉄社員の子弟が東京で勉学する際の学寮としての役割を果たしました。以来、戦中に道正氏は平和を希求する発言を当時の特高に傍受され、そのため治安維持法違反の嫌疑をかけられ、投獄されたこともありました。戦中の困難な時期を乗り越え、春風学寮は数多くの若者たちに青春の豊かな出会い、健康的で清らかな共同生活、協同の学び、純粋なキリスト教の伝達の場を提供して、今日に至っております。1984(昭和59)年4月には、新しい鉄筋の寮舎に建て替えられました。2012(平成24)年4月1日に春風学寮は公益財団法人の認定を受け(とくに育英事業と奨学事業が高く評価されました)、新しい出発を遂げております。

 私たちの学寮生活は、寮長と寮母のお世話のもとに愛と信頼に基づく家庭的な共同生活を目指しております。学期中は毎週日曜日朝の会食と聖書集会を行い、寮長を中心に学寮のOB、学寮関係者などによる聖書の解き明かしがなされ、学寮生活の基本的な羅針盤となっております。その他、週に一度、寮長と寮母と寮生一同でする会食の日を設けております。寮長は森山浩二さん、寮母は瑠璃子夫人で、心暖かで行き届いたお世話をしてくださっております。学寮をサポートする理事会と評議員会があります。
 寮生各自が自分の専門の学問に打ち込むと同時に、人類の不朽の古典である聖書を客観的に学んでおります。信仰は、これは自発的なものであり、強制してはいけないものであり、また強制不可能なものです。春風学寮は全面的にこの良心の自由、精神の自由に依拠しており、キリスト信徒の寮生もおりますが、多くはキリスト信徒ではありません。しかし、聖書の学びを通じて、また読書会などを通じて、真理に堅く立つ心、真理を愛する心を共有したいと願っています。良心と真理の声にしたがい、「courageousでnobleな生涯」(内村鑑三『後世への最大遺物』)を少しなりとも共に全うしていきたいものです。

 また心身ともに健康で元気で楽しい学生生活を送っていただきたいと願っております。台所チーム「春風さわやか」は、寮母瑠璃子さん(長年保健士のお仕事されておりました)を中心に4人の交代制で、日々栄養に配慮した美味の食事を用意してくれています。「家庭の味」に裏づけられた美味しい食事は、春風学寮の古きよき伝統となっています。「愛と信頼」に基づいた日々の春風駘蕩とした楽しく愉快な共同生活、それでいて静謐のなかに各人が自分自身を陶冶し錬磨していく共同生活、それを春風学寮は目指しています。

「人生に憧れを持て」

 ( Boys, be ambitious! − W.S.Clark )。尽きない青春の志を胸に、人生の大海原へ、希望あふれる航海の出発を共にする若い魂を私たちは待ち望んでおります。 永久 ( とこしえ ) の 幸 ( さち ) を求め、生命みなぎる春の風に誘われ、来たれ、若き旅人よ!